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東京高等裁判所 昭和30年(ネ)424号 判決

控訴人(被告) 東繊商事株式会社

被控訴人(原告) 高島聖明

主文

原判決を取り消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文同旨の判決を求めると申し立て、被控訴代理人は、本件控訴を棄却するとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、次の事項の外、原判決の記載と同一であるから、これを引用する。

一、被控訴代理人は、次のように附け加えて述べた。

被控訴人は、控訴会社に勤務し、その間(一)昭和二十七年一月頃から翌二十八年十月までの間に約三十名の客を控訴会社に紹介し、金額合計約五億六千二百五十一万二千円に達する綿糸、人絹糸、スフ糸の売買取引を行わせ、この取引により控訴会社に手数料として、合計約三百七十四万二千三百三十円の収益を挙げさせ、(二)資金面においては、訴外北浦文雄外一名から合計二百八十万円を控訴会社のため借り入れさせた外、顧客から取引の証拠金を預る際、所定額より多くの証拠金を提出せしめたり、または全然取引を行わない被控訴人の友人から有価証券を預かり、証拠金として控訴会社に預託させ、控訴会社の金融の便を計つた。

控訴会社は、右顧客の勧誘、資金繰等に対する被控訴人の労務に対し、毎月金三万円の報酬を支払うことを約したものであり、被控訴人は、控訴代理人主張のように、宮沢平次郎個人のために何等の仕事をもしものではなく、従つて同人から金員の支払を受ける理由はなく、また受けたこともない。

二、控訴代理人は、被控訴人主張の請求原因事実に対する答弁として、次のように附け加えて述べた。

控訴会社の代表取締役宮沢平次郎は、控訴会社とは別個に個人商店を経営しており、また控訴会社からは支出できないものでも、会社のためまたは個人のため、別個に支払うことはあつた。そして同人が後述のように被控訴人に対し毎月金三万円ずつを支払つた事情は、同人が個人として謝礼として支払つたものであつて、控訴会社が被控訴人に対し支払つたものではない。しかも右宮沢平次郎個人が被控訴人に支払つた金額は、昭和二十七年一月から、昭和二十八年四月まで毎月金三万円ずつであつて、その期間、金額においても、被控訴人の主張より多いし、またこれを支払つた日附も、被控訴人提出の家計簿(甲第二号証の一、二)に記載されたものと相違する。

なお、被控訴人が控訴会社のため顧客の勧誘をしたことは認めるが、顧客の数は昭和二十七年七月三十一日現在において二十二名で、手数料収入は、合計約金三百六十五万四千円であつて、控訴会社はその三割五分にあたる金百二十七万九千三十三円を玉割として、被控訴人に支払うこととなつているものである。(但し内金九十万一千百二十七円は被控訴人との別途紛争解決まで支払を留保している。)また被控訴人は、毎日控訴会社に出勤し、控訴会社のため資金繰りをしたような事実はない。(立証省略)

理由

控訴会社が、東京繊維商品取引所において綿糸等の売買取引をする商品仲買人であり、被控訴人が昭和二十七年三、四月頃から控訴会社のため顧客を勧誘し、控訴会社がこれに対する報酬として、右顧客から受領する手数料の一定割合に相当する金員を、玉割と称して、毎月被控訴人に支払うことを約したことは、当事者間に争がない。

被控訴人は、右玉割支払の約定の外に、その頃被控訴人と控訴会社との間に、被控訴人は控訴会社の常任顧問として、毎日控訴会社に出勤し、顧客の勧誘、資金繰等に関する労務に服し、控訴会社はこれに対する報酬として、毎月金三万円ずつを被控訴人に支払う旨の契約が成立したと主張し、原審における証人水永哲浩、長谷川政子、戸田小太郎の各証言及び被控訴人本人の供述並びに当審における証人高島偉臣の証言及びこれによつて真正に成立したと認める甲第二号証の一、二には、いずれも、右被控訴人の主張に副うような供述及び記載がある。しかしながら右各証人の供述は、いずれも右契約の締結に立会つて知つたものではなく、戸田小太郎を除いては、被控訴人から伝聞したものであり甲第二号証の一、二も、被控訴人自身記載したものに外ならない。

しかるに原審及び当審における証人高平てる代の証言及び控訴会社代表者宮沢平次郎の供述を総合すれば、被控訴人が控訴会社から受領した玉割はその勧誘にかかる顧客から控訴会社が受領した手数料の三割五分に相当する金額であるが、普通控訴会社においては、控訴会社から給料の支給を受けている社員が客の勧誘をした場合、これに支払う玉割は二割程度であり、給料の支給を受けていない、いわゆる外交員に対する玉割は三割程度が普通で、被控訴人に対しては特別に三割五分の玉割を支払つたものであることを認めることができる。

してみれば、被控訴人が右三割五分の玉割の外に、その労務に対する報酬として、控訴会社から毎月金三万円ずつの支払を受ける旨の約定が成立したとする、前掲の各証言、被控訴人の供述及び甲第二号証の一、二の記載は、当裁判所のたやすく採用し得ないところである。(右甲第二号証の一、二は、なお、当裁判所が真正に成立したと認める乙第五号証の一、二の記載と照らし合わせてみても、その記載内容において、必ずしも正確なものであるとは認められない。)

尤も被控訴人が控訴会社の代理取締役である宮沢平次郎から昭和二十七年三月頃から同年九月分まで毎月金三万円の支払を受けていたことは、当事者間に争のないところであるが、先に認定した三割五分の玉割支給に関する事情と、原審及び当審における控訴会社代表者宮沢平次郎の供述並びにこれによつて真正に成立したと認める乙第一号証の一ないし二十二によれば、前記宮沢平次郎は、控訴会社が金融や顧客勧誘の面で、被控訴人の協力を期待するところが多かつたので、謝礼の気持で、控訴会社とは別個に、自己が控訴会社から受ける金員のうちから、毎月金三万円ずつを被控訴人に支払つて来たが、その後控訴会社の経営状態が悪しくなり被控訴人との間も協調を欠くこととなつたので、これを支払わなくなつたことを認めることができ、また一方その成立に争のない乙第三号証と当審証人今富吉男の証言とを総合して認めることができる、その後昭和二十八年八月控訴会社の再建の協議にあたり、被控訴人は控訴会社に対する債権の支払いを請求したが、そのうちには、本件のいわゆる給料債権については全然言及されなかつた事実に徴しても、宮沢平次郎が被控訴人に対し毎月金三万円ずつを支払つて来た事実が必ずしも、被控訴人主張のような契約成立の事実を認定させる資料とすることができないことをうかがわせるに足る。

更に原審における被控訴人本人訊問の結果及びこれにより真正に成立したと認める甲第一号証によれば、被控訴人が控訴会社に関係するに至つた当初、控訴会社代表者宮沢平次郎が被控訴人に作成して渡した被控訴人の名刺には、その肩書に被控訴人が控訴会社の「最高顧問」として表示してあることを認めることができるが、その成立に争のない乙第九号証と当審証人高平てる代の証言を総合すれば、「顧問」、「最高顧問」等の肩書が、必ずしも給料の定めのある社員を意味するものではなく、たとい給料の支給を受けないいわゆる外交員であつても、年輩者については、そのような肩書を付する事例があることを認めることができるから、右甲第一号証における記載も、直ちに被控訴人主張のような契約に成立の事実認定の資料とはなし難い。

以上説明したように、被控訴人の提出援用にかかる全証拠を以ても、未だ被控訴人と控訴会社との間に、被控訴人主張のような契約の成立した事実は、結局これを明認することができない。

してみれば、右契約の成立を前提とする被控訴人の本訴請求はこれを認容するに由なく、これを棄却するの外ない。

よつて原判決を取消し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条、第九十六条を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

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